文章理解文章理解の問題(No.2)
次の文の内容と合致するものとして最も妥当なのはどれか。 製品やプログラムあるいは制度などにかんして「いい ・ わるい」が判断されるときには,一般に,そうしたものごとが充足すべき機能に照らして,いい ・ わるいの判断基準が共有されている。したがって,こうした場合の「いい・わるい」の判断は,そうした基準に照らして真偽が確定しうる。そのかぎりにおいて,こうした「いい・わるい」の判断は,あくまで評価的な判断(価値判断)ではあるけれども,同時にまた対象が基準をクリアする性質を備えているかどうか,についての記述的な判断(事実判断)でもある。では,行為や態度の「善い・悪い」についての判断の場合は,どうだろうか。改めて言うまでもないが,気分や天候,製品やプログラムについて,「善い・悪い」つまり「道徳的な意味でいい・わるい」と語られることはない。「善い・悪い」は,まずは人の行い・態度について,人柄について,そしてそこから発して制度や法などについて,語られる。 行為・態度にかんする「善い・悪い」という発話は,たんに発話者の気分や感覚を表明しているだけなのではない。私たちの日々のコミュニケーションにおいて,善悪の区別は,あくまでものごとについての判断を形作る。善悪の区別の食い違いが生じたなら,それは判断の食い違いなのであって,それぞれが判断の理由つまり論拠を示すことが求められる。もし私が,「売買春は,道徳的に悪いことではない」と語ったなら,必ずや「なぜ(いかなる理由・論拠によって)悪くない,と判断するの?」と,理由ないし論拠を問われ,私の判断の真偽が問題となる。 このように,行為や態度の善悪の区別は,たんなる気分・感覚の表出とはちがう。それらは,あくまで対象(つまり行為や態度)についての判断を形作る。しかし他方では,善悪をめぐる道徳判断にあっては,腕時計や訓練プログラムなどの場合のように,行為や態度に特有の機能に照らして,善悪を区別する基準が定まっているとも思えない。この点で,道徳判断は,他のさまざまな判断と比べて,かなり独自の性質を帯びている。
- 1製品やプログラムについて,「善い・悪い」が語られることがないのは,それに関わる人の行いや態度,人柄等についての評価的な基準が共有されていないからである。
- 2制度や法に関する判断は,基準をクリアする性質を備えているかどうかという価値判断であり,行為や態度に関する事実判断とは異なるものである。
- 3行為や態度の「善い・悪い」についての判断は,共有されている基準に照らして真偽が確定し得るものであり,この点で,他の判断と比べて独自性がある。
- 4善悪の区別に食い違いが生じたときには,その原因となった行為や態度が特定の基準をクリアするのか,互いに論拠を示し,その基準を共有する必要がある。
- 5行為や態度の善悪を区別する基準が定まっているとは思えないが,その区別自体は,気分や感覚を表明しているだけではなく,行為や態度についての判断を形作るものである。
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正答は 5 です。