文章理解文章理解の問題(No.1)
次の文の内容と合致するものとして最も妥当なのはどれか。 ところで人間については 人間の定義や人間像のほかに まだ問われなければならないことがあ る。「人間性」という言葉は 「人間の本性」のほかに 「人間らしさ」を意味していた。では いった い「人間らしさ」とは どのようなことであろうか。辞典で「人間らしい」という項目を引くと そこ に「人間としての本性をそなえている」という説明がある。そうだとすれば 「人間の本性」がなんで あるかが明らかになれば そこから「人間らしさ」もおのずから明らかになろうし またもし「人間 の本性」が特定できないとすれば 「人間らしさ」もまた特定できないことになろう。だがはたして そうであろうか。 日本語の「らしい」という表現は 事柄を推量する場合にも用いられるが(たとえば これは模造 品らしいと言う場合) あるものがそのものにふさわしいということを示す場合にも用いられる。 「人間らしさ」とは 人間が人間であるにふさわしいという後者の用法によるもので それはさしあ たって 人間らしい人間 人間であるにふさわしい人間に見いだされる特性を指す と言ってよい であろう。したがって「人間らしさ」は 「人間の本性」からは区別されなければならない。「人間の 本性」は 人間の誰もがそなえている人間共通の特性を意味していたが 「人間らしさ」は そうし た特性とは異なるからである。 「人間らしさ」としての人間性がもつきわめて重要な特徴は 人間がそれを喪失することもあると いうことである。人間は 「人間の本性」としての人間性を失うことはないが 「人間らしさ」として の人間性は失うことがあり それによって 非人間的となる。「人間らしさ」としての人間性は そ れを欠いた「非人間性」に対立する概念であり しかも「人間の本性」としての人間性とは異なって そのうちにすでに人間についての一種の価値規定を すなわち倫理的な価値規定を 含んでいる。 人間らしい人間とは 倫理的に善いと評価される人間であり 人間らしさを欠いた非人間的な人間 は 倫理的に悪と評価される。とすれば 倫理学が「人間とはなにか」と問うことで問い求めている ものがなんであるかは もはや明らかであろう。倫理学が問い求めているのは 実はこの「人間ら しさ」としての人間性であり それが人間のどこに成り立つのか ということなのである。
- 1「人間らしさ」は「人間の本性」からは区別され 人間は 「人間らしさ」としての人間性を失うこ とがある。
- 2人間であるにふさわしい人間に見いだされる特性は 人間の誰もがそなえているものだが 倫 理的な価値規定により 善とも悪とも評価される。
- 3倫理学が問い求めているのは 「人間らしさ」としての人間性を 人間にどのようにそなえさせ るかということである。
- 4「人間の本性」を欠いた人間であっても 倫理的に善いと評価されれば 人間らしい人間と評価 することができる。
- 5「人間らしさ」とはなにかを明らかにすれば おのずと「人間の本性」とはなんであるかも明らか になる。
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正答は 1 です。